公開日:2026年7月8日 | カテゴリ:オルタナティブデータ ・ 造船
以前このサイトで、日本製鉄の製鉄所を人工衛星の熱データで監視する記事を書いた。 高炉は炉内が2,000度近くまで上がるので、宇宙から「熱」を見れば工場が動いているかどうかが分かる、 という話だった。ではその手が使えない工場は、どうやって宇宙から覗けばいいのだろう。
今回取り上げる造船所は、まさにその「熱では見えない」現場だ。船を組み立てるドックには、 製鉄所のような真っ赤に燃える熱源はない。代わりにそこにあるのは、鋼板を溶接して形づくられていく 巨大な金属のかたまり——建造中の船体そのものだ。この「金属のかたまりが、そこにあるかどうか」を 宇宙から数えられれば、造船所の忙しさを外から測れるかもしれない。それを可能にするのが、 今回はじめて紹介するSAR(合成開口レーダー)という衛星の目である。
Data-Walkersでは2026年6月から、このSAR衛星を使って日本の主要造船所を撮りはじめた。 対象は三菱重工業(7011)、川崎重工業(7012)、名村造船所(7014)の3社4拠点。 本稿の狙いは、はっきりさせておきたい。「SARで造船株の業績を先読みできる」と結論づけるには、 データはまだあまりに若い。集めはじめて2週間、観測はまだ各拠点2回ずつしかない。 そこでこの記事は、大きなトレンドを語るのではなく、「この新しい手法は、そもそも使いものになりそうか」を、 最初の実測値で正直に点検する内容になる。分かったことと、まだ分からないことを、切り分けて書いていく。
電波で地面を「触る」衛星
まず、今回の主役であるSARが何者かを、なるべくやさしく説明しておく。 普通のカメラ(前回の日本製鉄で使ったSentinel-2もこの仲間だ)は、太陽の光が地面に当たって 跳ね返ってきたものを撮る。だから夜は真っ暗で撮れないし、雲が出ていれば地面は隠れてしまう。 日本のように梅雨や台風で曇りがちな国では、これがなかなかの弱点になる。
SARは仕組みがまったく違う。衛星が自分でマイクロ波(電子レンジやスマホと同じ電波の仲間)を 地面に向けて発射し、跳ね返ってきた電波の強さを測る。自分で光源を持ち歩いているようなものなので、夜でも、雲や雨の日でも観測できる。これが造船所の監視には効いてくる。
電波の跳ね返り方は、地面のものによって大きく変わる。ここがSARの肝だ。 この跳ね返ってくる成分を後方散乱(こうほうさんらん)と呼ぶ。 なめらかな水面に電波を当てると、光が鏡で反射するようにあらぬ方向へ逃げてしまい、 衛星のところにはほとんど戻ってこない。だから海や川は暗く写る。 反対に、金属でできた船体やクレーン、角ばった鉄骨の建物は電波を強く跳ね返し、明るく写る。 電波の強さはデシベル(dB)という単位で表され、数字が小さい(マイナスが大きい)ほど暗い。
今回の稼働スコアの作り方
各造船所を囲む観測範囲の中で、後方散乱が-5デシベルより明るいピクセル(=金属のように 電波をよく跳ね返した点)を数え、その割合を0〜100のスコアにした。たとえば範囲内の100万ピクセルのうち 13万ピクセルが「明るい」なら、スコアは13.0になる。金属構造物が多いほど、この数字は大きくなる。
使ったのはESA(欧州宇宙機関)のCopernicus計画によるSentinel-1という衛星で、 解像度は10メートル、6〜12日おきに日本の上空を通過する。前回の日本製鉄が「熱」を見ていたのに対し、 今回のSARが見ているのは「形と材質(金属かどうか)」だと考えてもらえばいい。 熱源のない造船所には、こちらの目のほうが向いている。
対象:性格の違う3つの造船会社
今回撮っている3社は、同じ「造船」でも中身がかなり違う。ここを押さえておかないと、 あとで出てくる数字を読み違えてしまうので、先に整理しておく。
| 会社(コード) | 拠点 | 性格 |
|---|
| 三菱重工業(7011) | 神戸造船所 長崎造船所 香焼工場 | 重工業の総合大手。大型商船からは距離を置き、防衛・海洋や機械分野に軸足を移してきた。神戸は潜水艦などの防衛関連でも知られる |
| 川崎重工業(7012) | 坂出工場(香川県) | こちらも総合重工。商船の一部は中国の合弁に移し、国内ではLPG・LNG運搬船や潜水艦などを手掛ける |
| 名村造船所(7014) | 伊万里事業所(佐賀県) | ばら積み船やタンカーを造る、専業色の濃い造船会社。事業の中心が文字どおり「船を造ること」にある |
三菱重工と川崎重工は造船が事業の一部でしかない巨大企業だが、名村造船所は造船が本業そのものだ。 この違いは、あとで「衛星の数字が業績とつながるかどうか」を考えるときに効いてくる。
最初の8枚が写したもの
2026年6月22日から7月6日までの約2週間で、4拠点あわせて8回の観測が取れた。 これが現時点で手元にある全データだ。まずは加工せず、そのまま並べてみる。
| 拠点 | 観測日 | 稼働スコア | 明るいピクセル / 総ピクセル |
|---|
| 三菱重工 神戸造船所 | 06-24 | 26.13 | 266,025 / 1,017,999 |
| 三菱重工 神戸造船所 | 07-06 | 21.60 | 219,896 / 1,018,033 |
| 三菱重工 長崎造船所 香焼工場 | 06-27 | 16.96 | 176,572 / 1,041,028 |
| 三菱重工 長崎造船所 香焼工場 | 07-04 | 20.16 | 209,822 / 1,041,044 |
| 川崎重工 坂出工場 | 06-22 | 13.08 | 133,688 / 1,022,090 |
| 川崎重工 坂出工場 | 06-29 | 11.55 | 118,072 / 1,022,110 |
| 名村造船所 伊万里事業所 | 06-27 | 10.25 | 106,044 / 1,034,268 |
| 名村造船所 伊万里事業所 | 07-04 | 11.98 | 123,905 / 1,034,269 |
気づいてほしいのは、右端の総ピクセル数だ。どの拠点も約100万ピクセル、 つまり観測範囲はおよそ10キロメートル四方(約100平方キロ)ある。 これはドックだけを切り取った狭い範囲ではなく、造船所を含む港湾エリアまるごとだ。 この「範囲の広さ」が、次に数字を解釈するときの重要な注意点になる。
拠点別の平均稼働スコア(右の数字は2回の観測値の推移)
三菱重工 神戸造船所 (7011)
26.1 → 21.6
三菱重工 香焼工場 (7011)
17.0 → 20.2
川崎重工 坂出工場 (7012)
13.1 → 11.6
名村造船所 伊万里 (7014)
10.3 → 12.0
点検その1:同じ場所を撮れば、同じ数字が出るか
新しい観測手法を信用してよいか判断するとき、最初に確かめるべきはトレンドではない。「同じ場所を数日おきに撮ったとき、数字が落ち着いているか」だ。 もし撮るたびにスコアが乱高下するなら、それはただのノイズであって、何かを測れているとは言えない。
結果は悪くない。神戸は26.1と21.6、香焼は17.0と20.2、坂出は13.1と11.6、伊万里は10.3と12.0。 どの拠点も、2回の観測が数ポイントの範囲におさまっている。撮るたびに桁が変わるような めちゃくちゃな挙動はしておらず、各拠点は自分なりの「だいたいの水準」を持っているように見える。 電波の反射という物理現象を、それなりに安定して数値化できている、という第一歩は確認できた。
点検その2:スコアの高い造船所ほど「忙しい」のか
棒グラフを見ると、三菱重工の2拠点(神戸・香焼)が高く、川崎重工の坂出と名村の伊万里が低い、 という順番になっている。ここで「神戸がいちばん忙しく、伊万里が暇なのだ」と読みたくなる。 だが、この読み方はほぼ確実に間違っている。ここが今回いちばん正直に書いておきたい点だ。
思い出してほしい。観測範囲は約10キロ四方あり、ドックだけでなく港湾都市まるごとが入っている。 神戸造船所の周りには、大都市・神戸の市街地、埠頭、ビル群、道路が密集している。 長崎の香焼も、狭い湾に造船設備と市街が入り組んだ密度の高い港だ。 一方、名村造船所の伊万里は、佐賀県の入り江にある比較的ひらけた立地で、 範囲の多くを海面や埋立地が占める。
つまり、金属のように電波を跳ね返す「硬い構造物」が範囲内にもともと多いか少ないかで、 スコアの土台の高さが決まってしまう。神戸のスコアが高いのは、船が多いからというより、港湾都市としての密度が高いからという要素が大きい。実際、三菱重工の神戸は 潜水艦のような防衛関連が主で、商船をどんどん量産している場所ではない。 逆に伊万里は造船が本業の忙しい現場だが、周囲が開けているぶんスコアの土台は低く出る。 だから拠点どうしのスコアをそのまま比べて「稼働ランキング」とするのは筋が悪い。 衛星が見ているのは、その場所の風景の硬さの合計であって、造船の忙しさそのものではない。
点検その3:では「変化」なら意味を持つか
拠点間の比較がダメなら、有望なのはその逆——同じ拠点の中での時間的な変化だ。 市街地やビル群といった動かない背景は、いつ撮っても同じように写る。 もしドックに新しい大きな船体が現れれば、その背景の上にスコアが上乗せされる。 背景が一定なら、スコアの上下は「船体という金属が増えたか減ったか」を映す可能性がある。 これこそが、SARで造船の進み具合を測るときの本命の考え方になる。
ただし、今のデータではそこまで踏み込めない。今回の2週間で見えた変化は、 香焼が17.0から20.2へ上昇、神戸が26.1から21.6へ低下、坂出が13.1から11.6へ低下、 伊万里が10.3から12.0へ上昇、といった数ポイントの動きだ。 これらが本当にドックの船体の増減を映したのか、それとも電波の当たる角度や潮の満ち引き、 そのときの海面状態といった観測条件のブレなのか、2点だけでは区別できない。 正直に言えば、この段階の増減はまだ「意味のある変化」と「ただのゆらぎ」の見分けがつかない。 判断するには、最低でも数ヶ月ぶんの観測を積み上げて、各拠点の「平常運転のときのブレ幅」を 知る必要がある。それを超える動きが出てはじめて、変化を語れるようになる。
投資家にとって、この手法はどこが面白いか
結論を急がず、それでもこのデータのどこに将来性があるのかは示しておきたい。 造船会社の業績を読むうえで、投資家がふだん頼りにするのは受注残(受注したがまだ造り終えていない船の量)だ。 これは会社が定期的に開示するが、あくまで「契約の量」であって、 その船が実際にどこまで組み上がっているかを日々教えてくれるわけではない。 SARのように、天候や昼夜に関係なくドックの中身を外から追える手段は、 この「契約と実物の間のすき間」を埋める補助線になりうる。
とりわけ相性がよさそうなのが、名村造船所(7014)のような専業の造船会社だ。 事業が造船に集中しているぶん、ドックの稼働がそのまま業績に響きやすい。 さらに伊万里のように観測範囲を実際のドックが大きく占める立地なら、 変化ベースのスコアが船体の増減をとらえやすいと期待できる。 将来、数ヶ月ぶんのスコアと、進水(できた船を海に浮かべる工程)のスケジュールや 受注残の開示を突き合わせれば、決算を待たずに建造の勢いを推し量る材料になるかもしれない。
構造的な死角も正直に
三菱重工の神戸や川崎重工の坂出が手掛ける潜水艦のような案件は、多くが屋根付きの建屋の中で 組み立てられる。上空からの電波は屋根で遮られ、中の様子は写らない。そもそも防衛関連は情報開示自体が限られる。 SARは万能ではなく、「屋外のドックで、外から見える船」にしか効かない、という限界がある。
この分析の限界
- データがまだ2週間ぶんしかない。観測は各拠点2回ずつ、全部で8点。これは長期トレンドを語れる量ではまったくなく、 本稿もあくまで「手法が使いものになりそうかの初期点検」にとどめている。 業績との連動は、今後の積み上げを待って検証する必要がある。
- 拠点間のスコア比較には意味を持たせられない。観測範囲が約10キロ四方と広く、港湾都市の密度がスコアの土台を左右する。 「スコアが高い=忙しい」ではない。意味を持つのは同一拠点の時間変化のほうだが、それも今はデータ不足だ。
- 屋内の建造や防衛案件は見えない。屋根付き建屋の中で進む工事や、開示の限られる防衛関連は、SARの死角に入る。 三菱重工・川崎重工のように事業が多角化した会社では、造船以外の要因が業績を大きく動かす点にも注意がいる。
- 観測条件によるブレがある。電波の入射角、潮位、海面の状態、衛星の軌道の違いなどがスコアに影響する。 小さな増減を「稼働の変化」と早合点しないよう、平常時のブレ幅を把握することが前提になる。
- これは投資助言ではない。本稿は情報提供を目的としたもので、特定の銘柄の売買を勧めるものではない。 投資判断はご自身の責任で行っていただきたい。
まとめ
現時点での結論
「SARで造船株の業績を先読みできるか」という問いに、いまのデータで胸を張って「できる」とは言えない。 集めはじめて2週間、観測は各拠点2回ずつだけだからだ。それでも点検してみると、同じ場所を撮れば近い数字が出るという再現性は確認できた一方、拠点間のスコア比較は港湾の密度に引きずられて使えないことも分かった。 本命は各拠点の時間変化を追う使い方だが、それを語るにはまだ観測が足りない。
電波を使うSARの強みは、雲の多い日本でも、夜でも、造船所を休まず撮り続けられることにある。 熱の見えない現場を宇宙から覗く手段として、土台になる部分は確認できた。 あとは時間を味方につけて、各拠点の「平常運転のブレ幅」と「そこから外れる本物の変化」を 見分けられるだけの観測を積み上げていくことだ。造船の忙しさが衛星の数字に現れるのか、 その答え合わせは、これから何ヶ月かのデータがそろってからになる。 分かったことと分からないことを切り分けておくのも、オルタナティブデータとの 誠実な付き合い方だと考えている。
本稿の分析は、ESA(欧州宇宙機関)Copernicus計画のSentinel-1衛星(COPERNICUS/S1_GRD、 VV偏波・10m解像度)の後方散乱データをもとに、Data-Walkersが独自に算出した造船所稼働スコア (2026年6月22日〜7月6日、三菱重工・川崎重工・名村造船所の4拠点・全8観測)を使用しています。 衛星データはあくまで外部からの推定であり、企業の実際の生産量や業績を保証するものではありません。 記載内容は情報提供を目的としたもので、特定の金融商品の売買を推奨するものではありません。 投資判断は読者ご自身の責任において行ってください。
データ更新日:2026年7月8日