工場の煙突から出る煙、深夜も燃え続ける高炉の炎、ドックに並ぶ船体の鉄骨—— これらはかつて、現地に足を運ぶか、社員の口から聞き出すしか知る方法がなかった情報だ。 今は違う。高度600〜800kmを周回する衛星が、5日から16日に一度、日本全国の工場を 無差別に撮影し、そのデータは誰でも無償で利用できる。
Data-Walkersでは、この衛星データを4つの異なる観測手法で加工し、 日本の上場企業30社超の工場稼働状況を定量化している。 本稿では各手法の仕組み、検出できること、そして投資判断への応用について解説する。
①短波赤外線(SWIR)による高温熱源検出
最も直感的な手法だ。製鉄所の高炉は1500℃超、セメントキルンは1450℃、銅製錬炉は1200℃に達する。 これほどの高温になると、可視光だけでなく短波赤外線(SWIR: 1600〜2200nm)の領域でも強い 放射輝度が生じる。欧州のSentinel-2衛星はB11・B12と呼ばれるSWIRバンドを搭載しており、 このデータは5日に一度、20mの解像度で取得できる。
解析のポイントは「ホットピクセル」の検出だ。SWIRの輝度値が一定の閾値(スケール値2000)を 超えるピクセルを熱源として特定し、その密度と輝度の平均値から「稼働スコア」を算出する。 地表の通常反射(200〜500)と活発な高炉(1000〜5000超)の差は圧倒的で、 雲さえなければ高い精度で稼働の「強弱」が読み取れる。
対象企業(例)
日本製鉄(5401)、JFEスチール(5411)、神戸製鋼所(5406)、 太平洋セメント(5233)、住友大阪セメント(5232)、 住友金属鉱山(5713)、三菱マテリアル(5711)、AGC(5201)
投資への応用
鉄鋼メーカーの粗鋼生産量は四半期ベースで開示されるが、 SWIR稼働スコアは日次で得られる。高炉の減速(計画修繕・需要不足)は 決算発表の3〜6週前にスコアの低下として現れる傾向があり、 業績下方修正の先行シグナルとして機能する可能性がある。 また、高炉の新設・再稼働といった設備投資の現況確認にも使える。
②Sentinel-5P TROPOMIによる大気汚染物質観測
SWIRが「地表の熱」を見るのに対し、Sentinel-5P(S5P)は「大気中の汚染物質」を観測する。 2017年に打ち上げられたこの衛星はTROPOMIという分光計を搭載し、 NO₂(窒素酸化物)・SO₂(二酸化硫黄)・CO(一酸化炭素)などのカラム密度を 1日1回、3.5km × 5.5kmの解像度で全球測定する。
重要なのは各物質の「出どころ」だ。SO₂は石油精製・銅製錬・硫黄を多く含む重油の燃焼で 大量発生する一方、通常の大気にはほとんど存在しない。 つまりSO₂の上昇は製油所・製錬所の稼働を、NO₂の上昇は燃焼系プロセス全般 (火力発電・化学工場)の稼働を示す、化学的に根拠のある指標だ。
| 物質 | 主な発生源 | 投資対象 |
|---|
| SO₂ | 石油精製、銅製錬、硫黄含有重油燃焼 | ENEOS、出光興産、コスモ、住友金属鉱山 |
| NO₂ | 燃焼全般(LNG・石炭・石油) | 東京電力HD、中部電力、関西電力、九州電力 |
| CO | 不完全燃焼、石炭火力 | 石炭火力比率の高い電力会社 |
投資への応用
製油所の稼働率はガソリン・軽油マージンに直結する。 S5P SO₂データを元にENEOS・出光・コスモの製油所稼働を週次で追うことで、 石油元売りの精製事業セグメント収益の大まかな方向性を、月次在庫統計の公表より 先に把握できる。電力会社については、JEPX(電力卸取引所)の価格上昇局面で LNG・石炭火力の稼働が上がるパターンを、NO₂データから確認できる。
③Landsat 8/9 TIRSによる発電所冷却水排熱観測
Sentinel-2のSWIRは500℃以上の高温源を得意とするが、 発電所の冷却水(排水温度40〜60℃程度)は検出できない。 NASAのLandsat 8/9は熱赤外センサー(TIRS: 10.9μm帯)を搭載しており、 100mの解像度で地表面温度を直接計測できる。精度は±1℃。 Landsatの回帰周期は16日だが、LandsatとLandsat 9を組み合わせることで 8日周期の観測が可能だ。
発電所は大量の冷却水を海・河川に排水する。その排熱プルームは 背景の海水温より2〜5℃高く、晴天時のLandsat画像ではっきりと 「白い帯」として確認できる。このプルームの面積と温度差を積分した 「熱プルーム強度」が稼働出力の代理指標となる。
対象企業(例)
中部電力(9502)碧南火力→三河湾、東京電力HD(9501)常陸那珂→太平洋、 九州電力(9508)松浦→松浦湾、王子HD(3861)苫小牧工場、日本製紙(3893)石巻・岩国工場
投資への応用
電力会社の発電量は電力需要(気温・経済活動)と原子力稼働率で決まる。 火力発電の稼働をLandsatで追うことで、原子力の代替として火力がどれだけ フル稼働しているかが分かり、燃料費コストの増減(=利益圧迫)を 決算前に推定できる。製紙工場については、古紙・木材チップの消費動向と 紙需要サイクルを排熱強度の変化で間接的に読む。
④Sentinel-1 SARによる造船所稼働指数
SAR(合成開口レーダー)は電波を地表に照射し、その反射(後方散乱)を計測する。 最大の特徴は雲・夜間・霞を一切気にしないことだ。 Sentinel-1は6〜12日に1回、10m分解能で日本の港湾・造船所を網羅的に観測する。
船体は鉄鋼の塊であり、SARのマイクロ波(Cバンド: 5.4GHz)に対して きわめて強い後方散乱(VV偏波で−5 dB以上)を示す。 ドック・船台にある船体の「占有面積」は後方散乱強度の高いピクセル数として 定量化でき、これが建造進捗・受注残の物理的な証拠となる。
対象企業(例)
三菱重工業(7011)長崎造船所・神戸造船所、川崎重工業(7012)坂出工場、 名村造船所(7014)伊万里事業所
投資への応用
造船会社の業績は受注残と竣工タイミングに強く依存する。 IRで開示される「受注残〇万CGT」は台数ベースだが、衛星では 実際に船台にどれだけの船体が乗っているかを物理的に確認できる。 竣工直前に船台が空になっていれば引き渡し収益の計上が近い証拠であり、 逆に船台が埋まり続けているなら受注消化の遅延リスクが読み取れる。 防衛省向けの艦艇建造(三菱重工・川崎重工)は受注情報が非公開のため、 SARによる物理観測は唯一の外部確認手段ともいえる。
⑤Sentinel-2による自動車工場 駐車場稼働指数
Sentinel-2は可視光(10m解像度)でも工場稼働の手がかりを与えてくれる。 自動車工場の広大な社員・完成車駐車場は、稼働時は車両が密集して暗く見え、 休止時はアスファルトが露出して明るく見える。 B4(赤帯域)の反射率が低いピクセルの割合(「暗ピクセル比率」)を 駐車場AOI内で計算することで、シフト稼働の強弱を定量化する。
精度は衛星の分解能(10m)に依存するため個々の車両は識別できないが、 数百台規模の工場駐車場なら面積変化として十分に検出可能だ。 半導体不足によるライン停止(2021〜2022年)のような突発イベントは、 空になった駐車場として翌週の衛星画像に明確に現れる。
対象企業(例)
トヨタ自動車(7203)田原・元町工場、ホンダ(7267)鈴鹿製作所、 日産自動車(7201)追浜・栃木工場、マツダ(7261)宇品・防府工場、SUBARU(7270)太田工場
投資への応用
自動車メーカーは月次で国内生産台数を発表する。しかしその発表は翌月前半が多く、 投資家は1〜2ヶ月遅れの情報で判断を迫られる。 駐車場稼働指数は工場シフトのリアルタイム変化を追うため、 月次生産台数変動の2〜3週先行指標として機能する。 また、完成車置き場(ヤード)の変化を合わせて観測することで、 「生産したが納車待ち在庫が積み上がっている」状態も識別できる。
5つの手法の使い分け
| 手法 | 衛星 | 更新頻度 | 適した業種 | 主な投資シグナル |
|---|
| SWIR熱検出 | Sentinel-2 | 5日 | 鉄鋼・セメント・非鉄 | 生産量先行、高炉操業状態 |
| 大気汚染(S5P) | Sentinel-5P | 日次 | 石油精製・電力・化学 | 精製稼働率、火力フル稼働判定 |
| 冷却水排熱(Landsat) | Landsat 8/9 | 8〜16日 | 発電所・製紙 | 発電出力推定、燃料費コスト |
| SAR後方散乱 | Sentinel-1 | 6〜12日 | 造船 | 建造進捗、受注残確認 |
| 駐車場稼働 | Sentinel-2 | 5日 | 自動車 | 月次生産台数先行、ライン停止検出 |
これらの手法に共通するのは、企業の自己申告(IR・決算開示)を待たずに 物理的現実を確認できるという点だ。衛星は嘘をつかない。 季節変動・天候・個別のイベント(台風・震災・計画修繕)を丁寧に除外した上で、 残るシグナルを業績予測のひとつのピースとして組み込む—— それがData-Walkersの衛星データの使い方だ。