企業の四半期業績は、決算発表の日まで投資家には分からない。 だが、売上の一部については、発表のずっと前から公開されている情報がある。 国や官公庁が「どの会社にいくらで発注したか」という入札・落札の記録だ。
官公庁向けの売上が大きい会社なら、この記録を継続的に追うことで、 決算を待たずに業績の方向感を読み取れるのではないか。 本稿では、当サイトが収集している調達ポータルの落札実績データを使い、 シンクタンク最大手の三菱総合研究所(証券コード: 3636)を対象に、 この仮説がどこまで成り立つのかを検証する。 結論を先に言えば、このデータは「売上」よりも「受注」の動きを驚くほど正確に映していた。
調達ポータルの落札実績データとは
日本の中央省庁とその外局は、物品の購入や役務の委託、調査・システム開発などを 発注する際、原則として競争入札を行う。その落札結果は、政府の 「調達ポータル」(p-portal.go.jp)でオープンデータとして公開されている。 当サイトはこのデータを毎月収集し、案件名・落札日・落札金額・発注機関・落札企業を 整理したデータセットとして提供している。今回の分析では、2021年度から2026年5月までの 約17万件の落札記録を用いた。
まず、データ全体の規模感を見ておく。月ごとの落札金額と件数を並べると、 日本の会計年度末である3月に発注が集中する強い季節性が見える。 年度予算を年度内に消化するため、官公庁の発注は期末に偏るのだ。 この季節性は、後の分析で重要な意味を持つ。
調達ポータルに掲載された落札実績の月次推移。 棒が月次の落札金額合計、折れ線が件数。点線は各年度末(3月)。 年度末に向けて発注が膨らむ季節性がはっきり表れている。ここで一つ、このデータの守備範囲を正しく理解しておく必要がある。 案件名から種別を分類すると、コンサルティングや調査・システム運用といった 「業務・役務」が件数の約半分、金額では5割超を占める。物品やシステム調達がこれに続く。 一方で、橋梁やトンネルといった大規模な公共工事は、ごくわずかしか含まれない。
落札案件を種別に分類した構成比。工事は件数で4.5%、金額で8.5%にとどまる。 このデータは役務・物品調達が中心で、土木・建築工事の入札は別系統にある。これは収集元の性格による。国土交通省の地方整備局などが発注する大型の土木・建築工事は、 各発注機関の電子入札システムを経由することが多く、調達ポータルの落札実績には載りにくい。 つまり、このデータは橋梁メーカーやゼネコンの受注を追うのには向いていない。 逆に、官公庁向けの調査・コンサル・システム案件を主戦場とする会社には、極めて相性が良い。 検証対象として三菱総合研究所を選んだのは、まさにこの理由による。
誰が「国の発注」を受けているのか
落札金額を会社ごとに累計し、上位を並べたのが次の図だ。 富士通、NEC、NTTデータといった大手システムインテグレーターが上位を占める。 官公庁の情報システム関連の発注額がいかに大きいかが分かる。 そのなかで三菱総合研究所は、5年強で934億円を落札し、全体の7位に位置していた。
落札金額の累計上位15社(2021年4月以降)。青緑が三菱総合研究所。 IT・コンサル系の企業が官公需の受け手として目立つ。三菱総合研究所は、政策提言を行うシンクタンク事業と、官公庁・民間向けの ITソリューション事業を二本柱とする。同社の決算説明会資料によれば、 顧客業種別売上のうち官公庁向けは例年おおむね3割前後を占める。 全社売上の相当部分が国の発注に依存しているということだ。 この「官公庁依存度の高さ」が、外部データで業績を先読みできるかどうかの鍵になる。
落札データと業績を重ねてみる
三菱総合研究所が各四半期に調達ポータル上で落札した金額を集計し、 会社が開示する四半期ごとの受注高・売上高と重ねたのが次の図だ。 同社は9月決算で、第2四半期(1〜3月)に売上が大きく膨らむ。 官公庁案件が年度末に納品されるためで、落札データの季節性とちょうど対応している。
三菱総合研究所の四半期落札金額(棒)と、会社開示の受注高・売上高(折れ線)。 落札金額の山谷が、受注高の動きとよく揃っているのが見て取れる。目で見ても、落札金額の棒の高低は受注高の折れ線と歩調が合っている。 だが、印象だけでは判断できない。どの指標と、どれだけ強く連動しているのかを数字で確かめる。
連動するのは「売上」ではなく「受注」だった
四半期の落札金額を、同じ四半期の受注高および売上高とそれぞれ突き合わせ、 相関係数を計算した。結果ははっきり分かれた。 落札金額と受注高の相関は0.89と非常に強い。一方、売上高との相関は0.57にとどまる。
四半期の落札金額を、受注高(左)と売上高(右)に対してプロットした散布図。 受注高との関係が明確に強い。落札はそれ自体が「受注」だから、これは理にかなっている。考えてみれば当然だ。官公庁案件を落札することは、その会社にとって「受注」そのものである。 調達ポータルのデータは、三菱総合研究所の受注の一部を、会社が決算で開示するより前に、 ほぼリアルタイムで映し出す公開された窓になっている。 受注は会社が公式に集計・開示するまで外からは見えないが、その材料の一部が、 毎月更新される公開データのなかに先回りして現れているわけだ。
このデータが映すのは「受注」、その先に「売上」がある
落札(受注)した案件は、納品・検収を経て、その後の四半期に売上として計上される。 受注は売上に先行する性質を持つため、受注の動きを早く掴めれば、 将来の売上を見通すうえでの手がかりになる。 落札データは、その受注を覗く穴として機能している。
季節性が作った見かけの相関ではないか
ここで慎重になる必要がある。落札金額も売上高も、ともに3月(年度末)に山が来る。 二つの系列が同じ季節リズムで動いていれば、中身に関係なく相関は高く出てしまう。 見かけの連動を本物と取り違えないために、季節性を取り除いて確かめる。
各四半期について「直近4四半期の累計(年率)」を取ると、四半期ごとの季節変動は 打ち消され、水準のトレンドだけが残る。この年率ベースで見ても、落札金額と受注高は 相関0.74でしっかり連動していた。一方、売上高との相関は0.35まで下がる。 落札データと受注の連動は季節性だけでは説明できない、本物のシグナルだと言える。
季節性を消した年率(直近4四半期累計)ベースの推移。 落札金額(紫)と受注高(緑)は、水準のトレンドそのものが一致して動いている。直近では、落札金額の年率も受注高の年率も同時に上向いている。 落札データの増加が見えた段階で、受注の回復を早めに読み取れていたことになる。
どの銘柄に効いて、どの銘柄に効かないか
このアプローチが万能でないことも、データははっきり示している。 2025年度の1年間について、各社が調達ポータルで落札した金額が、 その会社の年間売上のどれだけを「捕捉」しているかを計算した。
調達ポータルでの落札額が年間売上に占める割合(2025年度)。 三菱総合研究所は約18%と高く、売上の手応えを掴むのに十分な水準にある。三菱総合研究所では落札額が売上の約18%に相当し、業績の方向感を読むのに足る規模だ。 富士通やNECも巨額を落札しているが、売上が数兆円規模のため、捕捉率は数%にとどまる。 官公需が大きくても、会社全体の売上に対する比率が小さければ、先読みの材料としては弱くなる。
冒頭で触れた橋梁メーカーのような土木・建築系の銘柄では、このデータはほとんど使えない。 公共工事の入札は各発注機関の電子入札システムを通り、調達ポータルの落札実績には 載らないからだ。同じ「官公需が売上の柱」という会社でも、発注がどの仕組みを通るかで、 このデータの有効性は大きく変わる。データを使う前に、対象企業の受注がそこに映るのかを 確かめることが欠かせない。
この分析の限界
- 落札額は契約額であり、売上計上とはタイミングがずれる。複数年にわたる案件では、契約額が一度に計上されるわけではない。 落札の山が、そのまま同じ四半期の売上の山になるわけではない点に注意が必要だ。
- 捕捉できるのは受注の一部にすぎない。三菱総合研究所でも、落札データが映すのは売上の2割弱だ。 民間向けの受注や、調達ポータルに載らない官公庁案件は捉えられない。
- サンプル数が限られる。四半期ベースで約20四半期分の検証であり、統計的に盤石とは言い切れない。 データの蓄積が進むほど、検証の信頼性は高まる。
- 企業名の名寄せに不完全さが残る。落札企業名は表記の揺れがあり、グループ会社やJV(共同企業体)名義の案件は 取りこぼす可能性がある。実際の受注はここで集計した金額よりやや大きいとみられる。
まとめ
官公庁の落札データは、官公需を主戦場とする企業の「受注」を、 決算発表より前に、公開情報として継続的に映し出す。 三菱総合研究所では、四半期の落札金額が受注高と相関0.89で連動し、 季節性を除いた年率ベースでも0.74の連動が残った。 受注は売上に先行するため、これは決算前のナウキャストの手がかりになり得る。
ただし、その有効性は銘柄を選ぶ。発注が調達ポータルを通るのか、別の電子入札システムを 通るのか。落札額が会社の売上に対してどれだけの比率を占めるのか。 この二点を確かめてはじめて、データは予測の道具になる。 検証してみると、当初想定した橋梁業界ではなく、官公庁向けのコンサル・システム企業こそが、 このデータの最も素直な使い道だった。
決算発表という「答え合わせ」を待たずに、業績の方向感を公開データから組み立てる。 オルタナティブデータの価値は、まさにこの時間差にある。
本稿の分析は、政府「調達ポータル」(p-portal.go.jp)の落札実績オープンデータ、 三菱総合研究所のIR公開情報(決算短信・決算説明会資料)、各社の公表売上高を使用しています。 落札金額は契約額ベースであり、会計上の売上計上額とは一致しません。 記載内容は情報提供を目的としたものであり、投資助言ではありません。