コンテナ船の運賃は、世界の荷動きを最も直接的に映す指標のひとつだ。 海上輸送で運ばれる雑貨や完成品の量が増えれば船腹需給は逼迫し、運賃が上がる。 パンデミック時の2021年、一部航路のコンテナ運賃が10倍近くまで跳ね上がったことは記憶に新しい。
日本は輸出依存度の高い国で、自動車・電機・機械といった輸出関連企業の業績は 海外需要のサイクルに強く連動する。 そうであるなら、コンテナ運賃の変動は、日本の輸出関連株に対してわずかに先行するシグナルに なっているのではないか——というのが本稿の出発点だ。
本稿では、独自に構築したコンテナ運賃の合成指数「Data-Walkers Freight Composite」と、 日本の主要輸出企業10社の週次リターンを使い、運賃変動が輸出関連株に先行するか (リード・ラグ関係)を検証した。
データソースをどう選んだか
コンテナ運賃の代表的な指数としては、上海航運交易所が毎週公表しているSCFI (Shanghai Containerized Freight Index)、Drewryが公表するWorld Container Index、 そしてFreightosのFBXがある。 当初はこれらの公的指数を直接スクレイピングして使う方針を検討したが、 利用規約を精査した結果、生値の再配布可否が曖昧で、透明性を重視する当サイトの方針 (加工済みの派生系列のみを公開する)にそぐわないと判断した。
代わりに採用したのが、Yahoo Financeから自由に取得できる上場証券を使った 合成アプローチだ。以下の3銘柄の株価・ETF価格を週次でサンプリングし、 それぞれ52週ローリングzスコアに変換した上で、3本の平均を運賃Composite指数とした。
| ティッカー | 銘柄 | 運賃との関係 |
|---|
| ZIM | ZIM Integrated Shipping | イスラエル籍のコンテナ船社。純粋なコンテナ海運プレイ |
| MATX | Matson | 米国系太平洋航路のコンテナ船社・物流事業者 |
| BDRY | Breakwave Dry Bulk Futures ETF | バラ積み船運賃(BDI)先物ベース。海上輸送需要の補助指標 |
コンテナ海運そのものではないBDRYを混ぜているのは、海上輸送全体の需要サイクルを より滑らかに反映させるためだ。3本の平均をとることで、個別銘柄固有のノイズ (財務イベント、配当、個別需給)が打ち消され、運賃レジームの大きな潮流が残る。
なお、この合成指数はあくまで運賃の代理指標であり、SCFIやWCIの代替として 精度を保証するものではない。生の公的運賃指数の時系列が必要な読者は、 各提供元に直接アクセスされたい。
合成指数の動き
上段:3プロキシそれぞれの52週zスコア。下段:3本平均のDW Freight Composite。 2021〜2022年にかけての歴史的高騰、その後の正常化、2024年以降の再浮上が読み取れる。2021年から2022年前半にかけてのCompositeのピークは、 米中向け海運運賃が史上最高水準に達した時期と一致する。 その後2023年にかけて急激に反転(マイナス2σ近辺まで低下)し、 2024年以降は紅海情勢などの供給サイドのショックを受けて再び上振れしている。
手法:リード・ラグとレジーム分析
輸出バスケットは、トヨタ・ホンダ・ソニーグループ・デンソー・ファナック・日立・京セラ・ キヤノン・村田製作所・コマツの10銘柄を等ウェイトで合成した週次リターン系列とした。 いずれもドル円為替と世界的な設備投資サイクルに敏感な代表的輸出企業だ。 比較ベンチマークには日経225(^N225)を用いた。
分析の核は2つある。 第一に、運賃Compositeの週次変化量(Δ運賃)と、輸出バスケットの週次リターンの 時点tに対する相対ラグkの相関を、k = −4から+12までスキャンした。 k > 0で相関がピークを示すなら、運賃が輸出株に先行していることを意味する。
第二に、運賃Compositeの水準を下位1/3(Low regime)・中位・上位1/3(High regime)に 三分割し、各レジームでの輸出バスケットと日経225の平均週次リターンを比較した。 運賃が高止まりする局面で輸出株が日経をアウトパフォームするのか、それとも逆なのかを見る。
結果:運賃は約4週先行、ただし相関は弱い
横軸は輸出バスケットリターンのラグ週数(正の値は運賃が先行)。 k = +4週近辺で相関ρがピークをとる。ピークはk = +4週、相関係数はおよそ +0.12。 統計的には弱い関係にとどまるものの、相関のかたち自体は解釈可能だ。 運賃の上昇は海上輸送の実需増を反映し、おおむね1か月遅れで日本の輸出関連株に ポジティブに効いてくる、というストーリーと整合する。
一方で、k = 0や負のkで目立つ相関が出ていない点も重要だ。 株式市場が運賃の上昇を即座には織り込んでいないこと、 かつ運賃そのものが株価に先行して動いているわけでもないことが読み取れる。 「運賃は、株価に対してもたもたした先行指標」という表現が最もフェアかもしれない。
銘柄別に見たラグ構造
10銘柄それぞれについて、Δ運賃と各ラグの週次リターンとの相関。 赤が正、青が負。セクターによって反応が揃わない点が興味深い。 自動車・機械系(コマツ、ファナック、デンソー)は中盤のラグ(k = 3〜6週)で 相対的に強めの正相関を示す傾向がある一方、 ソニーグループや村田製作所のような半導体・電子部品系は、反応のタイミングと符号が 必ずしも揃わない。 輸出関連と一括りにしても、サプライチェーンの位置や最終需要の構造が違えば、 運賃シグナルとの結びつき方は当然異なる。
運賃レジーム別のリターン比較
運賃Compositeの水準で三分割した各レジームにおける、 輸出バスケット・日経225・その超過リターンの平均値(週次、%)。運賃が高止まりしているHighレジームでは、輸出バスケットが日経225を緩やかに上回り、 逆にLowレジームでは超過リターンはほぼゼロかわずかにマイナスに沈んだ。 High − Lowの超過リターンの差は週次で概ね20bps規模、年率換算でもきわめて控えめな水準だ。
この結果は、運賃高騰が「輸出企業にとって好材料」であるという単純な解釈とは一致しない。 荷主コストが上がる運賃高騰局面でも、その背景にある世界需要の強さが 輸出企業の売上拡大につながり、株価にポジティブに効くーーという経路の方が 優勢である可能性を示唆している。
累積リターンと運賃Compositeの重ね合わせ
輸出バスケットの累積リターン(紫)と運賃Composite(橙)。 2021年前半の運賃ピーク後、株価のトレンドが一段ギアを上げる局面が見られる。視覚的には、運賃Compositeのピーク水準それ自体よりも、 「マイナス圏から正に転じるタイミング」が株価の上昇局面と重なっている印象が強い。 レベルよりも方向転換——数値的にもk = +4週の正相関はこれと整合する。
この分析の限界
- 合成指数の代理性。Composite指数はコンテナ海運3銘柄の株価ベースで、公的な運賃指数(SCFI・WCI)の完全な 置き換えにはならない。株価には需給のほか、財務レバレッジや市場全体のリスク選好も 混入している。
- サンプル期間が短い。2020年以降のデータしか使えず、サイクル数が限られる。 運賃レジームの分類も事後的なサンプル内分位で定義しているため、 リアルタイム運用での挙動を保証しない。
- サプライチェーン構造の変化。パンデミック、紅海情勢、米中デカップリングなど、 期間内で海上物流の構造が何度も書き換わった。 過去の関係が将来にもそのまま持続する保証はない。
- 為替の影響を分離していない。輸出株リターンはドル円の変動と強く連動する。 運賃・為替・輸出株の三者関係をパネルで組めば、より純粋な運賃効果を抽出できる余地がある。
まとめ
コンテナ運賃は、日本の輸出関連株に対しておよそ4週先行する、弱いながらも観測可能な シグナルを持つ。相関係数は +0.12 程度と大きくはないが、符号とラグの形状には 経済的に自然な解釈ができる。
実務的には、運賃Compositeが明確にマイナスからプラスに転じる局面に注目すると、 数週間後の輸出株の追い風を先取りできる可能性がある。 一方、運賃の水準そのものをバリュエーション指標のように扱うのは危険で、 High regime / Low regimeの超過リターン差は控えめだ。
今後、航路別の公的運賃指数を適切なライセンス条件のもとで取り込めれば、 コンテナ海運と日本輸出セクターのリード・ラグ構造をより鮮明に描けるだろう。 本稿はその第一歩としての「当社内製の合成指数アプローチ」の検証結果である。
本稿の分析はYahoo Financeから取得した株価・ETF終値を加工して作成した Data-Walkers Freight Compositeと、Yahoo Finance経由の日本株週次終値を使用しています。 記載内容は情報提供を目的としたものであり、投資助言ではありません。